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彩磁記

技術開発の時代へ

第18回 フェライトからオーディオテープへ 〜磁気記録材料酸化鉄の開発〜

昭和5年、東京工業大学の加藤与五郎、武井武両博士によってフェライトが発明されました。酸化鉄と、マンガン、亜鉛、コバルト、ニッケルなどを複合した磁性材料です。

当時フェライトは、フェライトメーカーが原料(試薬や硝酸鉄)の仕入れから生産まで一環して担当していました。

戸田工業では硫酸鉄を原料に酸化鉄(弁柄)を生産しており、また研磨材開発で培ったシリカ除去技術を基盤に、戦後開発に着手。中間体としてのフェライト材料を提供するようになりました。
フェライト材料という新たな市場を形成したわが社は、テレビブームでの需要にも乗り、昭和34年には利益のピークを迎え、この時のフェライト材料のシェアは90%を占めるに至りました。
テレビは、ブラウン管の電子銃から電子ピームを上下左右に発射し、蛍光面に照射することにより映像を再現しています。この電子ビームの動きを制御する部品が偏向ヨークと呼ばれるもので、フェライトが使われています。その他、フライバックトランスといった部品にもフェライトが使用されており、昭和34年の皇太子殿下ご成婚に伴うテレビ販売の伸びとともにフェライトの需要も急増したのです。

フェライト材料の伸びは良いことばかりではなく、同時に公害という問題も抱えることとなりました。原料の硫酸鉄を焼いて酸化鉄(フェライト材料)を作るため、亜硫酸ガスを発生させてしまったのです。その後、15年にわたった公害問題も、原料を硫酸鉄から、塩化鉄(高炉メーカが薄板を塩酸酸洗した際に副生する酸化鉄)に転換したことにより解決しました。品質的には硫酸鉄から作られたフェライト材料が優れていたものの、フェライトメーカーも塩化鉄製フェライト材料を採用するようになっていきました。戸田工業では最初、フェライト用酸化鉄のみ生産していましたが、付加価値を高めるため、酸化物と複合させたフェライト材料や、昭和46年には高純度酸化鉄NPを開発して、生産を始めました。

また営業面では、現在アメリカ、ドイツに現地法人を設立していますが、最初に海外に目を向けたのは早く、昭和38年に当時社長の戸田英夫が、フェライトの世界市場調査のため、渡米しています。

その後、フェライト研究の中で、硫酸鉄を用いながら、焼成による製法ではなく、化学反応によって酸化鉄を生成させる製法(湿式法)が開発されました。湿式法では高純度な酸化鉄が得られ、粒子の形態も均整にコントロールすることが出来ました。
この湿式法が確立したおかげで、その後のオーディオ・ビデオテープ用磁気記録材料酸化鉄の開発も可能となったのです。

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