トップメッセージ

厳しい経営環境に、志をもって飛び込む。 そして着実に成果を出す。

戸田工業は、建材や陶器の着色に欠かせない赤色顔料であるベンガラの製造業として1823年に創業しました。以降、湿式合成をはじめとする独自の微粒子合成技術を確立し、現在は顔料だけではなく、磁石材料、誘電体材料、軟磁性材料等、様々な無機材料を提供しています。

当社は、2023年度に創業200周年、会社設立90周年を迎えました。これはひとえにお客様をはじめステークホルダーの皆様のご支援の賜物と心より感謝申し上げます。また、先人の皆様にも感謝申し上げます。ベンガラを祖業とし、着色、磁性、触媒等の機能を持った無機材料を幅広く展開する当社のような企業は類を見ないと自負しております。これは、先人の皆様が微粒子の可能性を広げながらユニークで特徴のある技術創造文化を構築し、時代のニーズに応じて社会に必要とされる製品を作り続けてきた成果です。

一方で、この数年の経営状況を見ると、2021年に公表した中期事業計画「Vision2023」は未達に終わり、無配が続いています。株主および投資家の皆様には、多大なるご迷惑とご心配をおかけしていることを深くお詫び申し上げます。

前中期の目標未達を反省し、得られた成果を次の成長に

当社グループは、2021年度から2023年度の3か年の中期事業計画「Vision2023」を策定し、累積の売上高1,020億円、営業利益59億円を目標としました。しかしながら、結果は累積の売上高965億円、営業利益40億円と、いずれも達成することができませんでした。これは、グループ会社の再編によるものの他、原材料・エネルギー価格等の高騰や中国経済低迷の長期化といった外部要因の変化に対し、スピード感をもった製造の合理化や十分な価格是正等の対応ができなかったためです。また、海外グループ会社の強化・再編を進めた一方で、親会社である当社自身(個別)の課題に対して深掘りができず、2023年度に減損損失48億円を計上しました。

課題が多く残る3年間ではありましたが、今後の成長につながる成果もありました。中国の連結子会社は、中国の経済環境が悪い中でも着実に収益を上げました。また持分法適用関連会社の成長も当社グループの業績を支えてくれました。

「Vision2023」において目標とした収益を達成できなかったことを深く反省し、成果として得た取組みについては、次の成長につなげてまいります。

お客様に喜ばれる製品づくり~従業員の想いを束ねる~

このような状況の下、私は2024年6月に代表取締役社長執行役員に就任しました。

私が入社した1988年は、当社のビデオテープ用磁気記録材料事業が絶好調でした。最初の配属は、量産化に適した設備を設計、改修する生産技術部門でした。 現場のオペレーターと何度も議論を重ねながら生産工程の設備を作る中で、何事も一人では成しえないこと、そして関係者全員で「お客様に喜ばれる製品をつくろう」という想いをもたなければ良い製品は生まれないことを学びました。

2006年から2014年にかけては、中国に駐在しました。最初は子会社の技術責任として駐在しましたが、経験を積み、その後は子会社の社長として当社の中国における事業展開に尽力しました。高度成長期の中国でリーダーを務める中で感じたことは、変化のスピードに対応する「決断力」と不測の事態を乗り越える「実行力」がないとお客様や従業員から信頼を得ることができないということでした。帰国後に就任した国内事業所長や生産部門の責任者の立場においても、この経験を常に念頭において行動しました。

2024年度から新たな中期経営計画「Vision2026」を開始しています。私の役割は、当社グループ全員が「お客様に喜ばれる製品をつくろう」という想いをもって目標に向かうことができるよう、先頭に立って決断し、実行していくことだと考えています。

ありたい姿の達成に向けた「Vision2026」

当社グループは、2023年にマテリアリティの特定を行い、2030年度のありたい姿を見据え達成目標を定めました。この「ありたい姿」の達成に向けた、2024年度から2026年度の中期経営計画が「Vision2026」です。「Vision2026」における2026年度の計画は、営業利益率5%、ROE11%、自己資本比率29%です。そのために、事業ポートフォリオマネジメントの強化を最大のMISSIONとし、「事業戦略」、「財務戦略」、「人財戦略」の3つの戦略を実行してまいります。

この計画の策定にあたって、執行役員だけでなく各部門の責任者も参加し、中期事業計画「Vision2023」の反省と当社グループの現状分析を行い、どういう取組みをしていくべきかを具体的に議論しました。この議論において、各部門の行動進捗や目標の達成度合いが、他部門にどんな影響を及ぼすのかを改めて確認し、全社目標達成のための部門連係と数値管理の重要性について再確認をしました。執行役員および各部門の責任者と共に、覚悟をもって「Vision2026」の計画達成に取り組んでまいります。

事業戦略における選択と集中

事業ポートフォリオマネジメントにおいて、事業戦略を明確にすることは欠かせません。事業戦略の策定にあたっては、各事業の収益性と成長性を整理し、事業の位置づけと取り組むべき課題を明確にしました。また、事業間の関連性やシナジーの範囲等について検証を行い、全社最適となるように考慮しました。

収益性と成長性が高い磁石材料や誘電体材料については、経営資源を投入し、市場シェアや収益性を高めてまいります。

中期的に高い成長性を見込む軟磁性材料と環境関連材料は、次世代を担う事業として位置づけました。当社は、CO₂を発生させることなく天然のメタンガスから水素と炭素を作り出す技術開発を行っています。北海道の豊富町に実証実験のための工場建設を進めており、2026年度以降の事業化を目指しています。

一方で、収益性・成長性のいずれも低いLIB用前駆体材料、ハイドロタルサイト、顔料(着色・トナー)については、「再生・転換」のための取組みが必要です。これまで基盤事業として当社を支えてきたかつての主力事業も含まれており、収益を伴った合理化を進めるにあたっては、関係するステークホルダーの皆様の理解を得られるよう努めてまいります。

この事業戦略を実行するときに重視したいのはスピードです。近年の事業環境の変化は想定以上に大きく速いため、タイムリーに必要な施策が実施できていないと成果が得られず損失が発生することが起こり得ます。まずは迅速な意思決定と重点的な経営資源配分により選択と集中のスピードを上げてまいります。

個別CFを重視する財務戦略

財務基盤の安定化は、事業ポートフォリオマネジメントを進めるにあたり大きな課題の1つです。経営目標数値として、マテリアリティで掲げている営業利益率、ROEおよび自己資本比率の向上に加えて、運転資本回転期間の最適化を進めてまいります。

2023年度の営業利益率は0.4%であり、とても厳しい状況となりました。計画している2026年度の5%の達成ためには、M&Aのシナジー創出とキャッシュフロー(以下、CF)の改善が要になると考えています。 「Vision2023」の期間において、3件のM&Aを実行しました。1件は機能性顔料事業に関するものです。中国の酸化鉄顔料メーカーと合弁で設立した「戸田聯合実業(浙江)有限公司」の持分を全て譲渡しました。譲渡先は、持分法適用関連会社「浙江華源応用新材料股分有限公司(以下、浙江華源)」が含まれます。中国顔料市場の将来動向を見据えた上で、浙江華源グループに集約し協業していくことが総合的な企業価値の向上に資すると考え判断しました。残り2件は電子素材事業に関するものです。中国の磁石成形部材メーカーと韓国の持分法適用関連会社であった軟磁性材料・部材メーカーの連結子会社化です。2社とも当社の川下にあたる事業を行っており、情報と技術を共有することにより、迅速な開発と強いコスト競争力を持ったバリューチェーンを構築することが可能となります。財務面において、これらのシナジーが最大となるように資本配分を行ってまいります。

CFについては、特に個別CFの改善が急務であると認識しています。個別CFの悪化の原因は2つあります。一つは、M&Aなどのグループ会社再編に伴うキャッシュの流出です。今後も外部環境の変化に応じてグループ会社の再編を行いますが、必要な投資は当社グループ会社で創出した資金を一元管理し、効率的に次世代事業へ振り分けるグローバルキャッシュマネジメントによって行います。もう一つは、市場の変化に対応した在庫調整ができなかったことによる棚卸資産の増加です。対策として、運転資本回転期間をKPIとして管理し、棚卸資産の適正化に努めます。

事業の創出をかん養する人財戦略

当社は、企業文化として従業員一人ひとりを大切にしてまいりました。当社の技術は、先人から受け継ぎ、磨いてきたものであり、従業員の熱意、経験、スキルが当社の競争力の源泉です。当社は、従業員の3割以上が研究開発に携わっています。これは、私の入社時から変わっておらず、技術立社として独自の研究・技術力を誇る当社ならではの特長であり企業文化です。

また、当社のこれまでの売上高と事業内容の変遷をひも解くと、その時代と社会のニーズに応える事業を創出し続けてきた実績があります。研究開発部門に豊富な人財を登用し、事業を刷新し続けてきたからこそ、素材を扱う企業が200年続いてきたと考えています。前社長の寳來も研究開発部門出身でもあることから、「事業を創出したい、創出しなければならない」という想いを強くもっていました。私も、お客様に「さすが戸田工業さんだ」とご評価いただける製品を世に送り出したいと強く想っています。当社の人財戦略は、この事業の創出やイノベーションに取り組む組織に必要とされる多様性や心理的安全性を考慮して策定しました。

人財戦略のキーワードの1つとして、女性やマイノリティのキャリア開発を挙げています。現在、当社個別の女性比率は17%程度ですが、研究開発部門、安全衛生部門および管理部門を中心に、女性従業員が活躍しています。社内全体の意識改革に必要な教育プランや女性のライフプランに適合するキャリア育成等を通じて、女性の管理職登用につなげていきたいと考えています。また、雇用の延長などの制度変更も含め、働き方改革を促進し、シニアや障がい者の方々も幅広く活躍できる働きやすい環境を整えてまいります。

さらに、DX推進のための人財育成にも注力します。当社グループのあらゆる事業活動において、情報システム関連の人財は欠かせません。そのための人財の育成やDX導入環境の整備を進めてまいります。

事業環境の変化に対応する組織体制

「Vision2026」の策定の過程において、当社の強みについて見つめると同時に、現在の当社の問題点についても洗い出しました。当社は、事業規模や従業員数を鑑み、組織形態として職能別組織を採用しており、営業部門、製造部門、研究開発部門等の機能単位で事業を運営しています。一方で、各事業単位で収益状況を監督する組織もありましたが、役割と責任の明確化が不十分でした。そこで、各事業の責任を担う組織として、事業統括室を新設し、事業それぞれに技術面と営業面の責任者を任命しました。事業環境の変化を素早く認識し、各製品の収益性や成長性を見極め、戦略の見直しや製品構成の合理化を推進します。

また組織の新設だけで問題が解決することはありません。真に問題を解決するのは、組織ではなく人であり、担当者同士やお客様との対話です。対話を通じて先を読み、対話によって解決を図る、すなわち「すり合わせ力」です。

すり合わせ力 ~再認識した当社の強み~

「Vision2026」の立案と並行して、「価値創造プロセス」を制作しました。この制作過程において、各部門の責任者とともに、改めて当社の強み、そして競争力の根源は何かを見つめなおしました。浮かび上がってきたのは、「創造力」「モノづくり力」「営業力」、そしてこれらを一体として活動することによって生まれる「すり合わせ力」でした。当社がもつ微粒子合成技術という無形資産そのものではなく、技術を磨き、技術を活かすための力です。また、自然科学における理論と現実の社会を結び付けるための力、お客様やビジネスパートナーとともに新しいものを世に出すための力でもあります。そして私はこの価値創造プロセスの制作を通じ、お客様や社会の課題を見極め、価値を提供していくことが当社の強みであることを再確認しました。

この制作したばかりの「価値創造プロセス」は、これまでに私たちが行ってきたことを形にしたものですが、まだまだ当社グループ内での認知は十分ではありません。全役員・全従業員が意識し、これまで以上に体現することが必要だと考えています。様々な資本を効果的に組み合わせ持続的に成長するために、私たち全員が「すり合わせ力とは何か」 、「自分はすり合わせ力を発揮しているか」、 「組織として、すり合わせ力を高めるにはどうすれば良いのか」等について対話を重ねる必要があります。この対話の先に、私たちが想い描く「すり合わせ力」の解釈がそろい、納得感が生まれ、今の時代に適合した「すり合わせ力」になると考えています。

着実に成果を積み上げて信頼に値する企業に

私は、会社の先人の教えや日本をリードしてきた経営者の金言から、「志をもって、飛び込んでいく」ことの重要性を学びました。そしてこの精神をもって仕事に打ち込んでまいりました。社長の立場になった現在は、率先垂範によりこの精神を後進に伝えていくことが一つの使命だと感じています。

株主や投資家を含むステークホルダーの皆様のご期待にお応えできていない現状について責任を感じています。皆様より信頼に値する企業だと実感していただくため、「Vision2026」で挙げた施策を実行し、収益を着実に積み上げてまいります。今後も引き続き戸田工業グループにご注目いただき、ご支援賜りますようよろしくお願い申し上げます。

代表取締役社長執行役員
久保くぼ 恒晃つねあき