トップメッセージ

時代ごとの社会課題や市場の変化に向き合い、
自らの技術を進化させながら、新しい価値を創出する

成長の土台を築いた年

2025年度(2026年3月期)は、営業損益の黒字化を達成したものの当期純利益では損失を計上しました。また、中期経営計画「Vision2026 」の経営目標数値として掲げた営業利益率、ROE、自己資本比率については、十分な成果をお示しすることができませんでした。

しかし、この1年は戸田工業グループにとって持続的な成長に向けた土台を築いた年であったと考えています。事業ポートフォリオマネジメントの強化、組織改革、人財育成等これまで進めてきた改革がようやく形になり始めています。営業損益の黒字化はその成果の表れです。今後はこれらの取り組みを企業価値向上へ着実につなげてまいります。

変化こそが成長機会

1823年、当社は、磁器の絵付けや歴史的建造物の彩色等に欠かせない人類最古の顔料である「ベンガラ」のメーカーとして創業し、2023年に創業200周年を迎えました。その間、磁気記録材料、複写機・プリンタ向け材料、磁石材料へと事業を進化させてきました。時代ごとに主力製品は変わり、市場も変わりましたが、根底には常に「微粒子」がありました。長年にわたるお客様との信頼関係を礎に、小さな粒子に込められた無限の可能性を信じ、長きにわたり究めてきた技術をもって絶え間なく変化する社会を支えてきたという自負があります。

この歴史を振り返り、当社が200年続いた理由を突き詰めれば、それは変わる勇気を持ち続けてきたことだと考えます。私たちにとって変化は特別なことではなく、DNAそのものと言えます。

現在、当社グループは大きな変化の時代に直面しています。モビリティの電動化、AIの進展、脱炭素社会への移行等の変化こそが成長機会であると捉えています。

危機に正面から向き合う

当社の歴史は決して順風満帆なものではありませんでした。戦争による混乱、公害問題、技術革新による市場構造の変化等、幾度となく会社存続の危機に直面してきました。

最大の危機は、1950年代から60年代にかけての公害問題でした。酸化鉄製造時に発生する亜硫酸ガスによる大気汚染と不完全な排水処理による河川の汚染により、地域住民の皆様に多大なるご迷惑をおかけしました。関係が大きく損なわれた地域住民の皆様との対話を重ねながら事業継続の道を模索してまいりました。

そうした状況の中で私たちは酸化鉄の製法を変革しました。湿式合成法への転換です。公害対策として開発されたこの技術は、その後の高機能酸化鉄、磁気記録材料や誘電体材料へとつながり、今日の当社グループの競争力の源泉となりました。公害問題への対策が新しい企業価値を生み出したのです。

私はこの歴史から大切な教訓を学びました。その教訓は、痛みを伴うとしても危機に正面から向き合い、変革の機会とすることが次の成長につながるということです。現在進めている事業再編や構造改革も同様です。今は痛みを伴う局面であっても、その先にある持続的な成長を実現するために必要不可欠な取り組みとなります。当社グループは、今も新たな転換点に立っていると認識しています。

さらなる成長を目指す上で何よりも優先されるべきものは「安全」です。当社では、安全・安心に働き続けるための職場環境整備を推進してまいりましたが、そうした中、2026年9月に大竹事業所において尊い命が失われる重大な労働災害が発生いたしました。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、ご遺族の皆様に深くお悔やみ申し上げます。この事故を極めて重く受け止め、原因究明と再発防止に全力で取り組むとともに、安全を最優先とする企業文化を改めて徹底してまいります。

企業価値向上につながる意思決定を続ける

「Vision2026」では、事業ポートフォリオマネジメントの強化を最重要課題として掲げ、事業を「次世代」「成長」「再生・転換」「収益基盤」の4つに分類し、選択と集中を推進しています。そこで私が強く意識していることは、「育てる決断」と同じくらい「やめる決断」が重要であるということです。

そうした考えから大幅な事業再編を行ってきました。BASFジャパン株式会社とのリチウムイオン電池正極材料の合弁事業として立ち上げた「BASF戸田バッテリーマテリアルズ合同会社(BTBM )」は、EV市場の成長が鈍化したことから、パートナーのBASFグループの下で経営判断を迅速に行える体制とすることが最適であると判断し、持分を譲渡しました。私たちにとって限られた経営資源を本来注力すべき事業へ集中するうえで適切な判断であったと考えています。

こうした判断は短期的には痛みを伴います。しかし、企業価値を高めるためには資本効率や成長性を冷静に見極め、決断する必要があります。今後もROIC(投下資本利益率)やNPV(正味現在価値)等の指標を活用しながら客観的な視点で経営資源を配分し、企業価値向上につながる意思決定を続けていきます。

「微粒子合成技術」と「すり合わせ力」を強みとして

当社グループの強みは「微粒子合成技術」と「すり合わせ力」です。当社は200余年にわたり酸化鉄を起点とした微粒子合成技術を磨き続けてきました。現在では、磁石材料、誘電体材料、軟磁性材料、環境関連材料等、多様な分野へ応用しています。

私たちの価値はこうした素材を作ることだけではありません。お客様が求める性能を理解し、研究開発によって実現し、生産技術によって量産化し、営業を通じて市場に提供することにあります。この一連のプロセスを製技販管が一体となって取り組む力が「すり合わせ力」であり、当社グループが長年培ってきた大きな強みです。この強みを更に深化させることにより、モビリティ、AI、環境という成長市場で独自の存在価値を発揮していきたいと考えています。

当社が市場を選定するうえで重視しているのは、単に「成長市場」であることではありません。「私たちの技術が最も価値を発揮できる市場」であることです。例えばモビリティ分野では、自動車の電動化が進展する中でモータやセンサ、電子制御部品への需要が拡大しています。AI分野では、高性能サーバやデータセンター向け電子部品の高性能化・小型化が進んでいます。環境分野では、脱炭素社会実現に向けた新たな材料やシステムへの需要が拡大しています。

いずれも微粒子合成技術の価値を発揮できる分野です。私たちは市場を追いかけるのではなく、私たちの技術が最も生きる領域に経営資源を集中させていきます。特にAI領域の拡大は、私たちの高品質な素材によって社会のデジタルインフラを支えるという意味で重要な成長機会であると認識しています。

2027年度にスタートする中期経営計画においても、こうした成長機会を活かし、更に大きく成長していく当社グループの姿を示していきたいと考えています。

人財育成は未来への投資

私は1988年に戸田工業へ入社し、生産技術者として歩み始め、生産現場で機械と向き合い、人と向き合いながら仕事をしてきました。その後、中国子会社の立ち上げと経営に携わりました。当時の中国では停電が頻発し、サプライチェーンも十分に整備されていませんでした。お客様から注文をいただいても約束した納期を守れないという状況の中で、謝罪や説明に奔走した経験は今でも鮮明に覚えています。

そのときの経験から学んだのは「一人で解決できる問題はない」ということです。社内外の仲間と協力しながら環境に適応することが解決のための唯一の方法でした。経営者になった今もこの考え方は変わっていません。

会社も事業も工場もすべて人によって成り立っています。人が最大の経営資本です。現在、若手管理職を事業責任者として登用し、経営視点を持った人財の育成を進めています。事業ごとに採算責任を持たせることで、自ら考え、自ら意思決定する機会を提供しています。そして、すべての従業員に対して「挑戦による失敗の責任は私が負う」と伝えています。変化の激しい時代だからこそ、挑戦する人を育てなければ企業は成長できません。人財育成は未来への投資であり、私自身の重要な仕事の一つと考えています。

微粒子の可能性とは、素材の可能性であり、人の可能性でもあります。従業員一人ひとりが可能性を発揮し、新しい価値の創造に挑み続けることで、当社グループは成長し続けることができます。

ESGを企業価値向上の原動力に

私は、ESGを社会的責任への対応ではなく、将来の成長機会を生み出す企業価値向上の原動力ととらえています。

例えば当社グループでは、エネルギー多消費型企業の責任としてCO₂排出量削減を重要な経営課題の一つに位置づけています。また、CO₂回収・資源化技術や水素関連技術等、環境課題を解決するための新規事業開発を積極的に進めており、2030年度以降の成長を支える柱にしていきたいと考えています。創業以来培ってきた酸化鉄製造技術は、CO₂回収、資源循環、水素製造等、脱炭素社会の実現に貢献できる可能性を持っています。

振り返れば、磁気記録材料や誘電体材料も研究から収益の柱になるまでに長い年月を要しました。それでも先人たちは未来を見据え、自らの技術を信じて挑戦を続けてきました。だからこそ現在の当社グループがあります。私は環境関連技術にも同じ可能性を感じています。脱炭素という世界的課題の解決に貢献しながら、新たな企業価値を創出したいと考えています。

当社グループの未来像

「戸田工業とは何の会社なのか」とよく聞かれます。ベンガラメーカー、磁石材料メーカー、環境材料メーカー、事業に着目すると答え方は様々ですが、私は「微粒子合成技術を起点に価値創造を続ける企業」と紹介しています。

私たちが目指すのは、「戸田工業だからこそできる」と評価される独自技術を有する企業です。売上高の規模のみを追うのではなく、安定した営業利益率を創出し、強固な財務基盤を維持しながら、成長市場において確かな存在感を発揮する企業を目指しています。価格競争に陥ることなく、お客様と共に新たな価値を創造し、社会課題の解決に貢献しながら成長を遂げる企業でありたいと考えています。その積み重ねによって持続的な企業価値の向上を実現してまいります。

私は、企業価値向上とは株価を上げることだけではないと考えています。優れた技術を生み出すこと、お客様から必要とされること、従業員が誇りを持って働けること、地域社会や環境に貢献すること、それらの総和が企業価値であると考えています。

微粒子合成技術を核として、社会課題の解決と企業価値向上を両立し、新たな価値を創造し続ける企業へ進化する、それが私の描く当社グループの未来像です。

企業価値を更に高めるために

株主・投資家の皆様にはこの数年にわたりご心配をおかけしてきましたが、本業で利益を生み出せる体質づくりは着実に進んでおります。今後は成長事業の拡大と資本効率向上を両立させながら持続的な企業価値向上を実現していきます。

経営者としての私の使命は、当社グループの企業価値を更に高めることです。これからも「微粒子の可能性を、世界の可能性に変えていく。」というパーパスの実現に向けて挑戦を続けてまいります。また、パーパスを単なるスローガンにするのではなく、人財育成、組織運営、事業戦略の判断基準として浸透させていきます。

時代ごとの社会課題や市場の変化に向き合い、自らの技術を進化させながら、新しい価値を創出してきた当社グループには、成長のための魅力ある素材と培った技術、そして熱意を持った人財がいます。今後も会社を生々発展させることを通じて、株主・投資家の皆様、お客様、お取引先様、従業員及び地域社会の皆様に対する社会的責任を果たしてまいります。ステークホルダーの皆様におかれましては、今後とも一層のご理解・ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

代表取締役社長執行役員
久保くぼ 恒晃つねあき